福田川にまつわる伝説、物語


1 池姫地蔵尊伝

2 静龍姫塚伝



池姫地蔵尊 伝説


 発祥 : 池姫地蔵

 場所 : 垂水小学校の北西端付近

 概要 : 昭和初期、付近の池を埋め立てたおりに池の底から地蔵に良く似た石が発見された。
       これを埋立地の南端に“池姫地蔵尊”と名付けて建立したのが始まりである。


       *地蔵が主神格で神社が境内社扱いと言う、珍しい造りをしている。

池姫地蔵池姫地蔵
池姫地蔵
池姫地蔵池姫地蔵



静龍姫塚 伝説


 発祥 : 静龍姫の塚

 場所 : 旧地蔵ヶ平(神戸聴覚特別支援学校 構内)

 概要 : かつて大水があったとき、横倒しになった松の枝に美女と蛇が重なりあうようににして死んでいたのを付近の村人が見つけ塚を作って祀った。

 ・FCRによる語り伝え(アレンジ風味)

 ・今西昭三郎による語り伝え


















静龍姫塚 伝説


 むかしの
 たるみの
 ふくだがわ。

 福田川のそばの地蔵平の丘に、ひとりの若者が暮らしておりました。
 
 若者は草屋根の屋根葺きをさせては右に出る者のない職人で、その腕前は遠く明石の地にも鳴り響いておりました。

 それでいて、どんな頼み事もニコッと笑って引き受ける気持ちの良い性格だったので、仕事はいつでも大忙し、いつも家に帰ってこられるのは夜の帳が下りてからでした。

 暗い夜道を歩くのは誰しも心細いものです。しかし若者は、近くを流れる川のせせらぎや、陽気なカエルの鳴き声を聴きながら歩くその時間が大好きでした。


 とある夜のことです。
 
 仕事を終えた若者がいつものように帰り道を歩いていると、ちょうど地蔵平にさしかかったところで一匹の白蛇を見つけました。

 月明かりの下で静かにたたずむ、とても美しい白蛇でした。
 
 若者がその姿に見惚れていると、白蛇の方もじっと若者のほうを見つめかえしてきます。
 
 と、その白蛇が、
 「私は地蔵平に住んでいた白蛇でございます」と人の言葉を口にして、その白い頭をさげました。
 
 若者は驚きましたが、こういう月明かりの夜には不思議なことのひとつやふたつあってもおかしくないと思いなおし、
 「俺は、その先の家に住んでいる屋根葺きだよ」と応えました。

 「存じています。数日前、あなた様はあちらの家の屋根を葺き替えましたね?」

 すぅと目を細めて問いかける白蛇に、若者はしばし首をかしげてから手をたたきました。

 「おう、葺き替えたとも。あれは俺の古い友人の家の屋根でな、とくに良い藁束を用意して、念入りに葺き替えてやったよ」

 「えぇ、本当に良い藁束でした。ついついそこで眠りこけてしまいたくなるほどに、そのうえ藁束を運ばれても気づかないくらいに、寝心地の良い藁束でした」

 「ほほぅ、それじゃ俺が屋根の葺きに使った藁束のなかには、あんたが眠っていたわけか。それはまた不思議な縁だが、それでいったい……」

 「たすけてください」

 「ほぅ?」

 「じつは私のこの姿は仮のものなのです。本体は、そのときに藁束ごと屋根にしばられて、今も身動きがとれないままなのです」

 「それは、なんと言うか間の抜けた話だねぇ」

 若者がくつくつと笑うと、白蛇はしっぽをぶんぶん振り回して、

 「悪いのはあなたさまです! しばられたのは私! しばったのはあなたさま! あなたさまが悪いのです! 責任をとってくださいませ! たすけてくださいませ!」とまくし立ててきました。

 その白蛇の様子がおかしくて、また可愛らしくて、若者は「わかった、わかった。明日にでもなんとかしてやるよ」と、いつも仕事を引き受けるときのようにニコッと笑ってうなずいてやりました。

 すると白蛇は、その場にとどまったまま、すぅっと風に溶けるように消えてしまいました。

 不思議なこともあるものだと、なかば夢のなかにでもいるような気持ちで帰宅した若者は、その晩はゆっくりと眠り、翌日さっそく白蛇がしばられている家を訪れて屋根に上らせてもらいました。
 
 そして藁束の中で、のんきに眠りこけている白蛇の姿を見つけたのでした。
 
 若者はそっと藁束をゆるめてやり、白蛇を地面におろしました。しかし白蛇は気持ちよさそうに眠ったまま動きません。
 
 若者はやれやれと肩をすくめると、屋根を元通りに直したあと、白蛇を地蔵平の松林まで運んでやることにしました。
 
 「ほら、ねぼすけ。いい加減に起きないか」

 松林についた若者が白蛇の小さな頭を指先でこつんと叩いてやると、それでようやく目を覚ましたようで、するりと若者の手を離れていきました。

 「もう藁束のなかで眠ったりするんじゃないぞ」

 若者の声が聞こえたのか白蛇はしっぽを大きく一度振って、それから松林の草むらに消えていきました。


 そんなことがあってから数年。
 
 若者が白蛇のことをすっかり忘れてしまった頃のことです。
 
 仕事を終えていつものように月明かりの照る夜道を歩いていた若者は、地蔵平の松林のそばでとても美しい娘を見ました。
 
 娘は一本の松にもたれて、「くぅくぅ」と寝息をたてています。
 
 若者は声をかけようかどうか躊躇しましたが、
 「こんな夜に無防備に眠っているのなら、近しい誰がそばにいるんだろう」と思い放っておくことにしました。
 
 その翌日、仕事帰りの夜道で、若者は昨日と同じ場所に立っている娘の姿を見つけました。
 
 次の日も、その次の日も美しい娘は同じ場所で眠っておりました。
 
 とうとうある日、若者は好奇心に負けて娘に話かけることにしました。

 ふわりとあくびをしつつ目を覚ました娘は、若者をじっと見つめたとで恥ずかしそうに頭をさげました。
 
 それが最初の出会いで、その夜から若者と娘は夜が繰り返すたびに出会いを重ねていきました。
 
 出会いを重ねて縁が深まるにつれて、若者は娘のことを好きになっていきました。

 好きという気持ちが大きくなるにつれて、いつか一緒に暮らしたい。夫婦になりたいと願うようになりました。

 そんな若者が、今日こそは告白するぞ、今夜こそは好きだと言うぞと決意して、決意のままに実行できず、ずるずると過ごしているうちに、山間を赤く染めて秋が到来しました。

 冬に備えて屋根葺きの仕事が忙しくなる季節です。

 若者の仕事も忙しくなり、それまのように毎夜の逢瀬を重ねることもできなくなってきました。そうこうしているうちに冬がきます。

 雪の降りしきる冬がくれば、娘と会うことはこれまで以上に難しくなることでしょう。

 若者はとうとう、心を決めました。

 秋祭りの夜を娘とともに過ごした若者は、次の逢瀬で娘に告白することを心に決めました。

 そして、いよいよ、その日がやってきました。

 若者の心は希望と不安にふくれあがっていました。

しかし、その日に限って急な嵐が到来し、朝も明けないうちから酷い風雨のために家を一歩も出られません。

 昼頃には雨脚も弱まってきましたが、近くを流れる福田川は急な雨水で増水し、膨れあがり今にも田畑へ襲いかからんばかりでした。
 
 夕方、とうとう福田川の水は溢れ出し、周囲の田畑を飲み込んでいきます。その様子はさながら怒れる竜のごとくです。
 
 やがて夜が来て、娘と会う約束の時間が近づいてきました。

 若者の家の周辺では雨はほとんど止みかけていましたが、福田川から溢れ出す水の勢いは増すばかりです。

 このままでは村ごと水没してしまうのではないかと村の人たちは、家のなかで震えていました。

 そんななかでも若者は、愛しい娘に会いに行こうとしましたが、すでに川の水は家の戸の辺りまで流れてきており、家の戸は水に押しつけられて開きません。

 一方、娘の方はと言うと、いつもの場所でそわそわと若者を待っていました。

 もしかしたら、この雨で来ないかもしれないかもとは思ってましたが、娘の待つ場所は男の家よりもさらに高い場所にあり、荒れ狂う福田川の水も届いていません。それに雨もやみかけていたので「もしかしたら」と思ったのです。

 しかし、約束の時間になっても若者は来ませんでした。

 娘は地蔵平の丘から水に浸かっていく村の家々を見下ろしながら、もう少しだけ待ってみることにしました。
 
 しかし、もう少し待ってみても若者は来ませんでした。

 今夜はもう帰ろうと思った娘は、
「でも、帰るまえに若者の家を見ておきましょう。ひょっとしたら家を出たところかもしれないし……」と、若者の家が見下ろせる場所まで行っててみました。

 そこは地蔵平の松林の端、ひときわ巨大な松のそばです。

 松にもたれるようにして若者の家のほうを眺めてみた娘は「あっ」と声をあげました。

 半分近く水に呑まれた若者の家に、さらに大水が押し寄せようとしていたのです。

 その大水が届けば、家も若者の命も呑みこまれてしまうことでしょう。

 「たいへん! たすけなくちゃ!!」

 娘は叫びましたが、どうすることもできません。そうこうしているうちにも、大水は若者の家を呑み込もうとしています。

 娘は黒く渦巻く空に向かって祈りました。

 「あの人を助けてあげて、代わりに私の命をあげてもいいから!」

 果たして願いは叶えられました。

 重く立ち籠めていた雲の中を、ぎらり、ぎらりと眩しい雷光が走り回ったかと思うと、轟音とともに娘のすぐそばの巨大な松の木に落ちたのです。

 巨大な松は根元から炎を上げて真っ二つに裂け、若者の家へ迫り来る大水を遮るように倒れていきました。

 大水にも負けず炎を吹き上げる巨大な松の倒木は、溢れた福田川の奔流を弱め流れを変え、若者の家だけではなく村全体を救いました。


 翌朝の空は、昨日が嘘であったかのように晴れわたっておりました。

 起き出した村人たちは、昨日の福田川の氾濫で誰一人として犠牲がでなかったことを喜び合いました。そして水を遮るように横たわった巨大な松を見つけて「この大木が俺たちの村を救ってくれたんだ」と噂し合いました。

 若者はそんな村人たちを横目に、娘との約束の場所へ走りました。もちろん今も娘が待ちつづけているとは思っていません。

 倒れて焼けこげた松の姿が、娘の姿に重なって見えたのもあります。

 ただ、それよりも昨晩の落雷からどうにも胸騒ぎが収まらないのです。

 待ち合わせの場所に到着した若者は、そこに誰もいないことを確認して少し落ち着きを取り戻しました。

 それから村を救った松のあった場所へと行ってみました。

 地蔵平の端、いつも見上げていた巨大な松があった場所は、その松の根をもの凄い力で引き抜いたかのような凄まじい惨状になっていました。

 その光景に胸を打たれた若者が思わず手を合わせたとき、ちぎれた松の根の陰にとても美しいものがあるのを見つけました。

 美しいものは、泥と根の間で微かな陽光を受けて白く輝いていました。

 若者はしゃがみこむと、その美しいものをそっと取り出して、両手の上に乗せじっと見つめました。

 それは一匹の白蛇でした。

 以前、屋根の藁束から助けた白い蛇でした。

 白蛇は、あのときと同じように眠っているようでした。まるで眠っているようでした。

 若者は声をあげて泣きました。

 その日を境に、若者があの娘の姿を見かけることもなくなりました。



 後日、若者の落ち込みようを心配してやってきた友人が、若者が出会った白蛇と娘のあらましを聴き、
「つまりさ。おまえさんが助けた白蛇が、娘に化けて恩返しにやってきて、村を洪水から救ったとこういうことだな。それならその白蛇は恩返しができて本望なんじゃないかな。むしろ、きみが落ち込んでいたら悲しむんじゃないかな」と慰めたところ、
 若者はあいまいに笑っただけで「心配しなくても、すぐに元気になるから」と答えました。

 その話を若者の友人から伝え聞いた村人たちのなかで、
「それなら白蛇さんは村の恩人ですね。村としても白蛇さんを供養すべきでしょう」と言う話が持ち上がり、松の巨木が立っていた場所に碑を建てて静龍姫塚として祀ることになしました。